【自作小説】『いつか死にゆく俺たちは』(3/7)

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自作小説です。

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本文は以下から。

 新作の売れ行きは芳しくなかった。作家のネームバリューと作品の期待値から予想された数字の半分ほどでしかなかった。編集の機嫌もこれまでにないくらいに悪かった。この調子だとシリーズの打ち切りもあり得るらしい。

 思えば最近は、新作を出す度に売り上げが落ちている。かつて話題になった新人作家も、歳を重ねれば若さによる下駄がなくなる。結局、俺もその程度なのだろう。若さしか取り柄がなかったんだ。

 書店に平積みされている俺の本を眺めていても、気分は落ち込むだけだった。初めて自分の本が並べられているのを見たときの興奮はどこかへ行ってしまったし、二度と戻ってくることはないだろう。

 何となく本を手に取った。

「あれ、あまりに売れないんで自作自演か?」

 狙っていたかのように背中から声がした。心の底から人を小馬鹿にしていた。

「違う。そこまで落ちぶれていない」

 俺はそいつと目を合わせなかった。こういうときに会う人間の中では最も望ましくない奴だった。

「いいんだよ、無理しなくって。売れない気持ちはボクもよく分かるから、ね?」

 同業者のキザキは、人の心を逆撫でする技術だけは一流だ。

「ま、ボクはすっかり忘れてしまったんだけどな。売れてるんで!」

 こういう場でデカい声を出せるほどの自信は俺も認めている。ただし度が過ぎるといくら売れっ子だとしても迷惑なだけだ。その場に居合わせた客の中には、怪訝な目で俺たちを見ている人もいる。こいつのせいで俺まで頭のおかしい奴だ。

「頼むからどっか行ってくれ」

「お前に頼まれたくはないね」

 ああ鬱陶しい。本当に消えてくれないかな。

 俺とデビューした時期がほとんど同じで、年齢も近いということでキザキとは何かと比較されてきた。俺は全く意に介していないのに、向こうはやたら俺のことをライバル視している。こうして付きまとわれることなんてしょっちゅうだ。

「せっかくならボクのも買っていきなよ。参考になると思うよ」

 キザキに自分の本を無理やり持たされた。もう持ってるし、三回は読んだ。

 我慢が限界に達した俺は、本を付き返すと足早にレジに向かって会計を済ませた。

「あれ、買ったんだ。涙ぐましいねえ」

 店を出ても付いてきた。いくらなんでも暇人が過ぎる。

「いい加減にしてくれ。何か欲しいものがあるならやるから」

 財布を取り出すとキザキは足を止めた。

「そうか。ならボクにリスペクトをくれ」

「はあ?」

「リスペクトだよリスペクト。尊敬しろってことだ。目の前に大人気の作家が立ってるんだから当然のことだろ?」

 呆れた承認欲求だ。だがそれだけで目の前からいなくなるならいい。プライドなんてものはない。

「分かったよ、認めるよ。今はお前が上だ」

「それは本心で言ってるんだな?」

「ああ本当だ」

 キザキは拳を震わせてから渾身のガッツポーズを突き上げた。純粋な喜びをぶちまけている。よほど嬉しかったのだろう。

 そのままキザキは軽快な足取りで去っていった。

 あれはあれで素直なのかもしれない。ちょっぴり、ほんのちょっぴり羨ましいと思った。

 キザキには目指すものがある。俺が失ったものを持っている。そしてそれに向かってひたむきになっている。本気で目標を見つけた人を止めるのは難しい。かつての俺もそうだった。

 恐ろしいのは、ある日突然ポッキリ折れてしまうことだ。

 一度折れると早々に立ち直れない。俺が進行形で感じていることだ。身体中にみなぎっていたものが霧散し、全くやる気が出なくなる。長いことたった一つのことだけを追い求めていたから、別の何かを見つけることは簡単じゃない。

 手に持った新作に目を落とす。俺の熱意の残滓が微かに感じられる。「人気シリーズ最新作」という宣伝文句は俺にとって虚しいだけだ。

 これ以上続かないかもしれない。たとえ打ち切りにならなかったとしても、再び書けるかどうか。

 強烈な不安に駆られた。このまま家に帰ってもすることがない。だが、何かをしてないと気が済まない。

 俺は自宅とは逆方向へ歩き始めた。今は帰りたくなかった。

 授業中にも関わらず、俺は教室を飛び出した。

 あれはユキが転校する日。最後の挨拶を終えて、母親と共に校門を出ようとしていたユキを俺は呼び止めた。

「なんで! なんで教えてくんないんだよ!」

 ユキは気まずそうに目を逸らす。母親は引き攣った笑顔を見せただけだった。

 俺はユキに掴みかかった。

「教えろよ! なんでだよ!」

「離してっ!」

 突き飛ばされて、尻餅をついた。

「なにすんだ……」

 ユキは泣いていた。クラスのみんなと別れるときにも笑顔だったのに。俺はそこで初めてユキの涙を見た。

 俺はすっかり参ってしまい、それからユキを泣かせてしまったことの罪悪感に耐えられず、逃げ出してしまった。

「待って、オカモト君!」

 ユキに呼び止められた気がしたが、俺は振り返らなかった。

 玄関に戻ると、なぜかマリナがいた。

「なんだよ」

 ユキと別れたショックの真っ最中だったらから、邪魔にしか思えなかった。

 両手でスカートの裾を掴みながら、か細い声で言った。

「あ……あの、ね、もし、もし良かったら……その。わ、わっ、私がっ、ユキちゃんの代わりになっ、て、あ、あげる、から……」

 その言葉は俺に届く前に消えてしまった。こんな地味な女にユキの代わりが務まるわけがない。このときの俺はそう思って、言葉を返さずにすれ違いざまにわざと肩をぶつけた。

 マリナが転んでも、気にも留めなかった。

 このときから、俺の人生はユキに支配された。それは、今もなお続いている。

 これで百七回。頭を抱えた回数だ。

 作業机の中心に置かれた物は、とても現実に存在しているものとは思えなかった。

 ザラりとして艶のない金属が、眺めているだけでも重々しい。極限まで温もりを削ぎ落した無機質なフォルムはそれがそのために作られたことを余計に感じさせる。

 そう、これは人を殺めるために作られたのだ。

「なんでこんなもんが落ちてんだよ」

 何ら劇的なことはない。

 行くアテもなく歩いていたら妙に路地裏のゴミ箱が気になった。売れない時代によくゴミ箱を漁っては使えそうなものを持って帰っていた癖だ。昔とは違って意味もなくゴミ箱を漁っていたらそれを見つけた。

嘘みたいな話だが本当だ。事実は小説よりなんとやらだ。

 一瞬のうちに色々なことが頭をよぎった。おもちゃかもしれない、ヤバい勢力に絡まれるかもしれない、警察に見つかったら言い逃れができない。

しかし何を考えていたのか、最悪な選択をしてしまった。

 もう一度俺はそれを手に持った。ズシリとした重みを感じる。ひやりとしていて、情けの欠片もない。

この拳銃は、俺にとって地獄への片道切符だ。

 何となく俺は拳銃をこめかみにあてがった。このまま引き金を引けば、俺は楽に死ねるだろうか。指を引き金にかけたら、本当にそのまま行ってしまいそうだ。何のためらいもなく、あっさりと。

 ふと考える。たった今この瞬間に死んだら、世界はどうなるか。

 大きな目で見れば、俺が一人死んだところで何一つ変わらない。戦争がなくなることも、貧困が解消されることもない。精々、行きつけの書店の売り上げが数千円落ちるだけだ。

 だが今この瞬間に死ぬことにはあまり積極的になれない。

 それは、俺をこの世に繋ぎとめている何かがあるからだ。

小説はどうなる。雑誌の連載は? 編集者はどう思うのか。続きを待っている読者は?

 まだ俺には、生きるべき理由があるのだろうか。

 いや、俺にはもう生きる意味はない。ユキはもう死んだんだ。

 これからの俺に選べるのはどう生きるかじゃない。俺に選べるのは死に方だけだ。

 そして、死ぬための手段はすでにこの手の中にある。

 だったらするべきことはほとんど決まったようなものだ。

 不思議と気分が高揚していた。久しぶりに自分が前に進んでいることを実感していた。そうだ、俺は死に前向きになっているんだ。

 後ろに向かっていても、身体の向きを変えれば前進していることになる。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろうか。これだけで俺はずっと楽になれた。  目指すべきものが決まったのだから、後は実行するだけだ。

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